おでんは「すじ」が一番おいしい
小学生の頃、夏のプールの前におでん屋が出没する。チリンチリンと鈴を鳴らしながら屋台がやって来て、プールの金網のところで一旦停止する。するとプールで遊んでいる我々小学生が金網の隙間から、小銭を出して好きなおでんを注文するのだ。普通は「ちくわとこんにゃく」だとか、「はんぺんとつみれ」なんていうのが多い。するとおでん屋は一本の串に上手に具を突き刺して手渡してくれる。チビ太の漫画を知っている人ならよくわかっていただける。こんにゃくは、三角だから、必ず串の一番上に刺すことになる。
私はおでんでは、決まって「ウインナ」を注文していた。なにしろウインナソーセージこそが当時世界最高の食材だと信じていた頃だから仕方ない。今なら魚肉ソーセージの方がおいしいと思うくらいだから、人間の嗜好なんてあてにならない。よく考えればウインナの濃厚な油は、おでんには合わない。
ある日、またおでん屋が通りかかった。私は悩んだ末に「ウインナとこんにゃく」にした。親友の和夫ちゃんは、「すじとこんにゃく」・・・
「すじ?」この初めて耳にする食材に愕然とした。すじってなんだ。関東の「すじ」とは魚をつぶしたもののことで、関西でいう「牛すじ」とはまったく違うものだ。それにしても、我が家の食卓にも一度も登場したことのない「すじ」を初めて見たときに、これこそがおでんの王道であろうと確信した。「ちくわ」なんかに比べると、ほどよくダシを吸い込み、かと言って「はんぺん」のようにすぐに軟化してしまわない。魚のどの部分を使用しているのかは知らないけれど、なんで「すじ」というのかもわからない。関西ですじを注文したら、ベトっとした「牛すじ」が出てきたときには、がっかりしたが、「すじ」との衝撃的な巡り合いは、人生のひとつの転機のような気がした。
「牛すじ」の次に許せないのが、小麦粉でいかにも人工的に作成された「ちくわぶ」という妙な食材だ。「ちくわぶ」は好みの差が一番出るものに違いない。私はあの変な歯ごたえが悲しくなるし、なんでちくわの形をしているのかも許せない。「本物でなければならない」が私のモットーであるから、偽のちくわみたいな、「ちくわぶ」が好きになるわけがない。だいいちクタクタになるまで煮込んだ次の日のおでんには、「ちくわぶ」は絶対入れてはならない。スープは濁るし、「ちくわぶ」は溶け出してしまう。
知らない人のためにもうひとつ取って置きのおでん材料を紹介するなら、それは「なると」なのである。ラーメンの具としても欠かすことのできないあの清潔感あふれる白の中に赤く渦を描いた芸術的な食材「なると」を忘れてはいけない。私だって最近スーパーで「なると」と再会したのだが、「なると」は、その色彩といい、食感といいおでんには非常にマッチする。ラーメンには薄切りにした「なると」を使用するが、おでんではぶつ切りで結構である。ただし、煮ているうちに、三倍くらいに膨れるので、切り方は慎重に願いたい。
寒くなったらおでんを食べる。具は「すじ」と「なると」だけでもいい。私の至福の時間である。